生物研究所 沖 知佳
ストーリーを添える
- 2004年入社、生物研究所に配属。主に、創薬・前臨床研究での薬効・薬理評価に携わり、上市化合物delgocitinibの創薬研究も経験。
- 2011年生物研究所サイエンスリーダー。海外企業との共同研究にて、新薬候補化合物の取得を目的とした創薬研究を経験。
- 2021年研究所テーマリーダー。以降、あるテーマプロジェクトにて、新薬候補化合物の前臨床研究を先導して推進中。
- 2022年生物研究所グループリーダー。以降、薬理グループのマネージメント業務も行っている。
テーマリーダーは新薬候補化合物に
息を吹き込むストーリーテラー
JTの研究所のテーマプロジェクトは、テーマリーダー(以降TL)とプロジェクトマネージャーが中心となり、開発化合物の製品戦略や研究開発戦略を立案します。そして、各研究所が一体となった運営・推進に取り組みます。
このような中で、私は現在、前臨床研究の後期段階にあるテーマプロジェクトのTLを担当。主な役割は、新薬候補化合物の臨床へのトランスレーショナルリサーチ(以降TR)を行い、製品ライフサイクルマネジメントも考えた研究開発戦略と戦術の立案をすることです。
TRとは、非臨床研究から成功確度を高め、さらに効率的に臨床現場へ応用可能とする橋渡し研究のこと。開発化合物がどのような疾患背景を持つ患者様に、どの投与形態で、どのくらいの投与量にすると、どういった有効性が、どの程度期待できるか、安全性の担保は可能かなどを一つひとつ予測し、前期臨床試験での検証に繋げていきます。そして製品コンセプトと製品力を見極め、必要としている患者様の元により確実により早くお届けできるよう、製品として仕上げていく道筋を作っていくのです。TLの仕事は、まさに研究所で創られた新薬候補化合物にストーリーを添え、息を吹き込み、「ストーリーテリング」をしていく仕事だと自負しています。
創薬の技術追求とともに、
「人」の環境を整えることも大切に
創薬の研究開発は成功確度が低く、成功したとしても常に10年以上先を見据えなければいけません。だからこそ、私たちは「患者様に1日でも早く画期的なオリジナル新薬を届けること」を最も意識すべきだと考えており、その達成に向けて常にTRを念頭においています。
私たちの研究所におけるTRの一例を紹介しますと、まず新規テーマ創出の際に、患者様のビッグデータを用いたバイオインフォマティクス解析で得られた「病態仮説」を基に、創薬標的を立案します。その標的に対する新薬候補化合物を得た後は、ヒト細胞や動物モデルを用いて作用プロファイルを明確化し、改めて最適な患者様のビッグデータに、この化合物の作用プロファイルを当てはめます。そして、どのような背景・症状を持つ患者様で有効性が期待できるかを抽出していきます。これができれば、化合物の臨床試験の成功確度は高まり、必要としている患者様により早く新薬を届けることができるのです。
また、日々の業務ではJTの経営理念である「4Sモデル」実践への意識も欠かせません。JTでは患者様はもちろんのこと、社会・株主に必要とされる存在でありたいですし、私自身は日々接する仲間たちが、イキイキと自分たちの存在意義を感じながら業務を推進できる環境を作っていきたいと思っています。そのためにも、メンバー間、部署間、さらには外部機関との間でも、遠慮せずに意見交換をする。そしてプロジェクト全体を俯瞰した上で、自分たちが進む道に適切な提案については素直に取り入れるよう、常に心掛けています。
「共創」の精神で、個別化医療の実現を目指したい
私は高校時代のある原体験から、「個別化医療」の実現を夢見てきました。創薬にも情報化社会の波が来ており、個別化医療の実現は目の前まで来ていると思います。患者様の情報をうまく取り入れて非臨床研究に活かす。そして非臨床研究の情報をうまく臨床へ外挿する。まさにこのフィードバックループを回すTRは、創薬に必須になってきています。
とはいえ、病態のダイナミクスまで把握できるような患者様データベースはまだ存在せず、用いている動物モデルの病態メカニズム理解も道半ばであり、まだまだ難易度が高い状況です。その中で、プロフェッショナルなメンバーとサイエンスを突き詰めながら、仮説検証を繰り返してプロジェクトを推進しています。
そのような中で、会社に対して「TRによる創薬」に挑戦できる、いい環境を作っていただいているな、と感じることもしばしば。外部機関や研究者との情報交換の機会にも恵まれており、みんなで「共創」しながら夢に近づいている実感があります。
夢の実現のために、常に胸にあるのは「『覚悟』をもって『謙虚』に業務に取組み、チームでの『勝ちにこだわる』」という、私が尊敬する方々からのお言葉です。今後も担当するプロジェクトが日の目を見るように、そして必要としている患者様を少しでも早く助けられる新薬へと仕上がるように、考え抜く努力を重ねていこうと思います。
対話を重視する姿勢や、
失敗を次につなげる前向きさが活躍の種に
オリジナル新薬の創出には、新規テーマ創出の段階からTRを考え抜く姿勢が欠かせません。また、JTが培ってきた、すべての創薬プロセスにおいて様々な部署が建設的に意見をぶつけ合って研究計画を立てていく、というコミュニケーション基盤も重要でしょう。
しかし一方で、研究所は大阪府高槻市と神奈川県横浜市、臨床試験に関わる部署が東京日本橋/米ニュージャージー州にあるため、物理的距離が精神的距離を生んでしまう場合もあります。だからこそ、この距離を埋め合うコミュニケーション力も、オリジナル新薬を生み出すための重要な資質なのです。
そしてもう一つ大切なのが、失敗しても次につなげようとする力。この力は社内だけでなく、外部機関と協業していく上でも大事な能力だと思います。これらの資質に加えて、サイエンスの専門的知識はもちろん、新しい価値観を柔軟に取り込み、化合物に「息を吹き込む」創造的思考やその面白みを周りに伝播させていく起業家精神なども、創薬の世界で活かせる能力だと思います。