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語り手である考古学者が、短銃を持った山賊姿のドン・ホセと出会うシーンより |
『男は私と向き合って腰をおろした。もっとも、相変らず武器は手からはなしていない。葉巻に火がついたので、私が残っている中で一番上等のやつを一本抜きとって、男に煙草をやりますかとたずねた。 |
〜中略〜 |
―これならちょっと吸えるでしょう。ハヴァナの極上を一本すすめながら、私はこう言った。 男は軽くうなずいて、私の葉巻から火を移して吸いつけると、もう一度頭をさげて礼を言った。それから、ひどくうまそうに吸い始めた。 そして最初の一ぷくを、口と鼻からゆっくり吐きながら、こう叫んだ。 ―ああ! ずいぶん久しぶりだ! スペインでは、葉巻のやりとりは、東方でパンと食塩をわけあうのと同じく、客と主人の関係をつくりだすものである。』 |
たばこがアメリカ大陸からもたらされたとき、スペインでは、たばこの喫煙方法の1つとしてシガー(=葉巻)が定着しました。このシーンから、スペインの庶民の間にはシガーを吸う習慣が広まっており、生活の中に根付いていたことを知ることができます。 |
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語り手である考古学者が、女工の身なりをしたカルメンと出会うシーンより |
『ある夕方、はやものの形も見えない頃、河岸の手すりによりかかって煙草を吹かしていると、一人の女が水際に降りるはしごをのぼって来て、私のそばに腰をおろした。 |
〜中略〜 |
私はすぐに葉巻を捨てた。まったくフランス流の礼儀からの心づかいを見てとると、女は急いで、煙草の香りは大好きですし、そればかりか、味のやわらかい紙巻があればすうくらいです、と言った。 幸いにして、私は注文通りのものを煙草いれのなかに持っていたので、さっそくそれを献上した。女は快く一本受けてくれて、一銭の駄賃で子供の持って来る火なわの先から、火を移した。煙を交えながら、われわれ、この美しきゆあみの女と私の二人は、長い間むだ話をした。』 |
フランス語の原文によると、ここに登場する“紙巻”は、パペリート(papelitos)と記されています。パペリートとはシガレットの前身に当たるたばこで、砕いた葉たばこを粗製の紙で包んだものです。スペインは、ヨーロッパ諸国の中でも先行してたばこが普及していたといわれます。 |