カルメンが巻いたシガー

オペラ「カルメン」を観たことがある人ならご存知でしょうが、
この作品はスペインのたばこ工場が舞台。ストーリーとともに、
カルメンにまつわる“たばこ”について紹介します。
カルメンに登場する“シガー”と“パペリート” たばこと縁が深い情熱の国“スペイン” カルメンの舞台となった「王立たばこ工場」 TOP
ジプシー娘の恋を描いた「カルメン」とは…
   「カルメン」は、1830年頃のスペイン・セビリアを舞台に、自由奔放な恋愛に生きた“カルメン”の話であり、彼女はたばこ工場でシガー(=葉巻)を作る女工として働いています。この小説は1845年に、フランスの作家/プロスペル・メリメが、スペインへ旅行した際に得たインスピレーションから生まれた作品といわれています。
  このメリメの小説を基に作られたオペラの「カルメン」は、作曲家のジョルジュ・ビゼーが楽曲を担当。1875年にパリのオペラ=コミック座で初演されました。原作とは内容が若干異なりますが、小説よりも、愛に身をささげたカルメンの情熱的な姿をより強調した作品に仕上がっています。
スペイン・セビリアのアレナル地区にあるカルメンの像(画像提供:バレエパラダイスショップ)
作者:プロスペル・メリメ Prosper Merimee 作者:ジョルジュ:ビゼー Georges Bizet
19世紀のフランスを代表する作家。歴史・考古学に造詣が深く、フランスの歴史記念物監督官として、多くの歴史的建造物の保護に当たった。歴史に加えて、神秘主義や非日常性をこよなく愛していたため、作品にも強く主張されているものが多い。

◎代表作 「イールの女神像」(1837)・「コロンバ」(1840)・「カルメン」(1845)など
音楽一家を基盤として、幼いころから音楽に親しみ、9歳でパリ音楽院に入学。ピアニストとしても名を馳せ、23歳の時、リストの新曲を一度聴いただけで演奏したという逸話を残す。歌劇など、劇音楽の作曲を中心とした活動を行った。

◎代表作 「真珠とり」(1863)・「アルルの女」(1872)・「カルメン」(1875)など
  カルメンが、たばこ工場で働いていることは述べましたが、メリメの小説「カルメン」では、“シガー”と“パペリート”の2種のたばこが“出会いの場面”を効果的に演出するアイテムとして登場します。物語には、スペインに残る古代ローマの古戦場を調査して歩くフランス人の考古学者が語り手となって登場しますが、彼が人物と出会ったときに、たばこを用いたコミュニケーションが展開されます。この場面を交えて、「カルメン」に登場する“シガー”と“パペリート”について紹介しましょう。
※「カルメン」メリメ作/杉 捷夫訳より
CIGARS シガー
  語り手である考古学者が、短銃を持った山賊姿のドン・ホセと出会うシーンより
  『男は私と向き合って腰をおろした。もっとも、相変らず武器は手からはなしていない。葉巻に火がついたので、私が残っている中で一番上等のやつを一本抜きとって、男に煙草をやりますかとたずねた。
〜中略〜
  ―これならちょっと吸えるでしょう。ハヴァナの極上を一本すすめながら、私はこう言った。
  男は軽くうなずいて、私の葉巻から火を移して吸いつけると、もう一度頭をさげて礼を言った。それから、ひどくうまそうに吸い始めた。
  そして最初の一ぷくを、口と鼻からゆっくり吐きながら、こう叫んだ。
  ―ああ! ずいぶん久しぶりだ!
  スペインでは、葉巻のやりとりは、東方でパンと食塩をわけあうのと同じく、客と主人の関係をつくりだすものである。』
  たばこがアメリカ大陸からもたらされたとき、スペインでは、たばこの喫煙方法の1つとしてシガー(=葉巻)が定着しました。このシーンから、スペインの庶民の間にはシガーを吸う習慣が広まっており、生活の中に根付いていたことを知ることができます。
PAPELITOS パペリート
  語り手である考古学者が、女工の身なりをしたカルメンと出会うシーンより
  『ある夕方、はやものの形も見えない頃、河岸の手すりによりかかって煙草を吹かしていると、一人の女が水際に降りるはしごをのぼって来て、私のそばに腰をおろした。
〜中略〜
  私はすぐに葉巻を捨てた。まったくフランス流の礼儀からの心づかいを見てとると、女は急いで、煙草の香りは大好きですし、そればかりか、味のやわらかい紙巻があればすうくらいです、と言った。
  幸いにして、私は注文通りのものを煙草いれのなかに持っていたので、さっそくそれを献上した。女は快く一本受けてくれて、一銭の駄賃で子供の持って来る火なわの先から、火を移した。煙を交えながら、われわれ、この美しきゆあみの女と私の二人は、長い間むだ話をした。』
  フランス語の原文によると、ここに登場する“紙巻”は、パペリート(papelitos)と記されています。パペリートとはシガレットの前身に当たるたばこで、砕いた葉たばこを粗製の紙で包んだものです。スペインは、ヨーロッパ諸国の中でも先行してたばこが普及していたといわれます。
COLUMN フランシスコ・デ・ゴヤの作品に見るパペリート
  スペインを代表する画家で、18世紀から19世紀に宮廷画家として活躍した、ゴヤの作品の中にパペリートが描かれているものがあります。
  1778年にタペストリー(=図柄入りの織物)の下絵として制作された「凧あげ」には、パペリートをくゆらせながら、凧あげに興ずるマホ(=伊達男)の姿が描かれているのです。左記で解説したとおり、スペインではシガレットの前身であるパペリートが、シガーのバリエーションの1つとして1600年代初頭には登場していました。
  このほかにもゴヤが描いた作品には、シガーを喫煙している様子が描かれたものなどがあり、当時のスペインにおける喫煙の様子を垣間見ることができます。
歌劇“カルメン”を知る!!
  小説「カルメン」を基に作られたこの歌劇は、カルメンを中心に、たばこ工場の警備を担当する兵士の“ドン・ホセ”と、闘牛士の“エスカミーリョ”の三角関係の恋の行方が描かれています。  たばこに関しては、第1幕のたばこ工場の前の広場で女工たちがシガレットを片手に合唱する“天まで昇るたばこの煙”が、最も代表的なシーンです。ここからは簡単に、歌劇カルメンの全4幕を紹介します。
第1章 たばこ工場前の広場 第2章 居酒屋「リリャス・パスティア」
  たばこ工場前の広場にシガレットをくゆらせながら登場するカルメン。広場にいる男たちはカルメンを取り囲んで口説くものの、カルメンは拒絶する。男たちがカルメンに乱暴しようとすると、居合わせた兵士のホセが助けるが、カルメンはホセの好意を素直に喜ばずに立ち去っていった。この瞬間、ホセはカルメンの美貌に魅了される…。
  その後、カルメンが喧嘩を起こし、たばこ工場内の牢屋に入れられることになるのだが、ホセはカルメンを逃がし、自分が罰を受けることを選ぶ。
  多くの客で混み合う居酒屋「リリャス・パスティア」。闘牛士のエスカミーリョは、カルメンに言い寄るがまったく相手にされない。
  そこへホセがカルメンに会いに居酒屋に現れる。喜ぶカルメンは歌や踊りで歓待するが、軍隊の帰営ラッパが鳴り響く。帰ろうとするホセに対してカルメンは怒り悲しむ。
  兵士としての名誉を捨てられずにいたホセだったが、カルメンと別れることができず、やがて愛を告げてしまう。彼は兵士を辞めてカルメンの仲間に入ることを決意するのだった。
第3章 山中の隠れ家 第4章 セビーリャの闘牛場
  ところが、カルメンが密輸団の一員であることが発覚。仲間に加わったことを悔やむホセに、自由な愛を求めるカルメンは別れ話を持ちかけるが、ホセは受け入れられない。
  そこへカルメンの仲間がトランプ占いを始める。死を予言されたカルメンは、動揺を隠せず、衝撃を受ける。
  闘牛士エスカミーリョが隠れ家にカルメンを訪ねて来る。ホセは、エスカミーリョがカルメンに恋していることを知り、決闘を挑むが、仲間たちが止めに入る。
  観客でにぎわう広場に闘牛士が集まると、観客は大歓声で迎えた。カルメンに近寄り愛を語るエスカミーリョ。カルメンは愛を受け入れ、1人で広場に残っていた。そのとき、ホセが姿を現す。ホセはカルメンの愛情を取り戻そうとするが、カルメンは冷たく彼を突き放す。
  闘牛場に向かうカルメンをさえぎるホセ。ホセからもらった指輪を投げつけ立ち去ろうとするカルメン。ついに、ホセはカルメンの命に手をかけてしまうのだった…。
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