続 落語とたばこ
浅草の御厩(おうまや)の渡し舟で、一杯機嫌の浪人がたばこを吸っていましたが、吸い殻を捨てようと舟の縁でキセルを叩き、うっかり雁首を川へ落してしまいました。
船頭によれば、引き潮で水が流れているうえ、このあたりは川底も深いとか、小さな雁首など、とても見つけられそうにありません。
浪人が無念そうにしていると、屑屋が近づいてきて、残ったキセルの吸い口をいい値で引き取る話を持ちかけます。
しかし、これが気に障ったようで、
「貴様ごとき素町人(すちょうにん)に侮られるおぼえはない。無礼討ちにいたすからこれへ首を出せ」
屑屋は這いつくばって謝りますが、激昂した浪人をなだめることができません。乗り合わせた舟の客も、下手に仲裁すれば自分の命が危ないと皆黙ってしまいます。
お供に槍を持たせた初老のお武家様も、さきほどからその様子をうかがっていましたが、とうとう見るに見兼ねて浪人の前へでると、
「屑屋になりかわって拙者も、この通りお詫びをいたす。平にご勘弁のほどを願いたい」
ところがこの浪人、今度はお武家様を相手に勝負をしろといいだす始末です。一考したお武家様は、舟の中で切り合うのは乗り合いの者が迷惑するので、岸に着いてからと説得します。
やがて岸に舟が着こうとするところで、逸る浪人が桟橋に飛び移ると、お武家様は槍で石垣を突いて舟を後戻りさせます。
桟橋に一人取り残された浪人に向かって、
「これがすなわち巌流島(がんりゅうじま)の計略じゃ」
舟の乗客に囃し立てられた浪人は、やにわに裸になって短刀を口にくわえると、水の中に飛び込みました。
舟縁に浮かび上がった姿を前に、お武家様は、
「これ、そのほうは欺かれたを無念に思い、水中をくぐって舟の底でもえぐりにまいったか」
ところが、これが肩透かし。
「なぁに、さっきの雁首を探しにきた」
『岸柳島』は、『巌流島』と書かれることもある小咄です。浪人とお武家様の競り合いを、宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘になぞらえたのでしょう。
題名として『岸柳島』の字を宛てたのは、初代の三遊亭円朝〈1839〜
1900〉で、「岸の柳と書く方が景色になる」というのが、その理由だそうです。
御厩の渡しとは、御厩河岸の渡しとも称された、現在の厩橋付近にあった隅田川の渡しの一つです。川岸に江戸幕府の浅草御米蔵があり、その北側に付随施設の厩があったことから、この名称がつけられました。