其の一 鍋鋳掛け(なべいかけ)すてっぺんから煙草にし

イラスト
たばこの川柳
鍋 鋳掛け」とは「鋳掛屋(いかけや)」のこと。と言っても現代では見られなくなった職業。家々を回って、破損した鍋釜の修理をして歩く職人のことである。明治・大正の頃までは全国的に見られたが、その後次第に廃れた。

 鋳掛屋の作業は、鍋釜がひび割れたり穴があいたりした部分に、溶かしたハンダを流し込むなどして修復するというもの。そのために、まずコンロに火を起こして、材料の金属を溶かす。この間、少し時間があるので、コンロの火でたばこを一服吸いつける鋳掛屋が多かった。「すてっぺん」とは「まっさきに」という意味である。

 鋳掛屋に限らず、さまざまな職人たちは、仕事の合間合間でたばこに火を点けて一服し、仕事に弾みをつけていた。ところが鋳掛屋は、仕事に入る前にもう一服している。そこのところが、滑稽味を誘ったようである。

 往来で遊んでいる子供たちは、鋳掛屋が仕事を始めると、珍しがって周りを取り囲む。しかし、鋳掛屋は一服していてなかなか仕事に取りかからない。子供たちはじれったい気持ちで、鋳掛屋の顔を見つめている。そんなユーモラスな情景が偲ばれる。

 江戸の中期ころ盛んとなった川柳は、俳句と同様17文字からなるが、切れ字や季語などの約束事がないため、世態・風俗などを気取らずに詠み、滑稽味や奇抜さを喜ぶ庶民感情を素直に表している。当時からたばこは、暮らしに密着した嗜好品だったため、川柳に取り上げられて、恰好の題材となった例が多い。そこにかいま見られる当時の人情は、今日でも多くの人々の共感を誘っている。
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