其の九 酒と煙草は飲んで通る

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たばこのことわざ集
こ れだけではちょっとわかりにくいが、「酒と煙草は飲んで通る。飲まぬとて銀(かね)が延びもせず」といわれると、なるほどとうなずける。嗜(たしな)まぬ人から見れば、酒やたばこは不経済と思われようが、では飲まないからといって、その分おカネがたまるというものでもない。酒の場合は、小原庄助さんの例があるので一概にはいえないが、たばこで身上(しんしょう)潰したという話は聞かない。

江戸時代、酒やたばこを嗜むことは“一人前”の証であった。「人は十三迄はわきまへなく、それより二十五までは親のさしずをうけ、その後は我と世をかせぎ、四十五迄に一生の家をかため、遊楽する事に極まれり」(=井原西鶴『日本永代蔵』)。江戸時代の理想像からいえば、親の指図を受けずに稼ぎが出来るようになってからが一人前である。この時期からは酒やたばこもほどほどに嗜んで、世間との付き合いをよくすることが家業の繁栄にもつながった。

今日“大人”というと肉体的な成熟を示す年齢で考えられがちであるが、経済的能力や社会と交わる能力、さらには伝統文化を受け継ぐ能力が備わっているか否かが問われたのが江戸時代の“一人前”であり“大人”であった。このような大人たちによって担われたのが、酒の文化であり喫煙文化であったことを冒頭の俚言(りげん)は思い起こさせる。

 昨今、社会の指弾を受けることの多い現代人たちのマナーの欠如であるが、その基底には、大人の意味、一人前の意味を喪失させるに至った社会事情が横たわっていることも見逃せない。世にさまざまな便益を提供する品々が氾濫するいま、それらを享受する大人の態度如何から、現代の世相が隠しもつ深刻な問題の一端がはかなくも露呈する。たばこを大人らしく吸うことは、世直しに向けたささやかだけれど、確かな第一歩になるのかもしれない。
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