煙家は時たま、吸ったたばこの煙を吐き出す時に、上手に煙の輪形を作って見せることがある。子供にせがまれて、二度、三度と吹いて見せることもある。
たばこの煙をたっぷり口に含んで、煙に口の中の水分を十分含ませてから、唇をO(オー)の字形に開いて、ホッホッと一区切りずゆっくりと押し出すようにしてやると、煙の輪形が空中に浮かぶ。この輪形が2つや3つなら誰にでもできるが、10以上も連ねる人がいて感嘆させられることがある。
江戸時代には、たばこの煙でお座敷芸をする者がいたという。ただ煙のワッカを作って吐き出すだけでは能がないというので、まず大きな輪を作ってみせ、その後は少しずつ小さめの輪を次々に作って大きな輪の中に順々に収めていくというもの。輪を数珠つなぎにするもの。輪を扇の上でもて遊ぶもの。煙の輪を管の一方の端に入れて、他方の端からまた取り出すというもの。輪を懐に入れて袖口から出すものなど、さまざまな芸を見せたらしい。
輪形のほかにもいろいろな形をつくってみせた。「雲流」「柳にけまり」「二つ輪違い」「三つ輪違い」「梅鉢」「虚無僧」「富士山」「いろは文字」など、名前ばかりが残っていて、どんな形かはご想像いただくしかないが、お座敷芸人の芸達者ぶりは十分うかがえる。なかでも圧巻は「雲のかけはし」といって、まず小さい煙の輪をいくつか吹き出して反り橋をつくり、その橋を一人の仙人が渡って空中に昇っていくさまを描いて見せるものであったという。
これほど手のこんだ芸は別格であるが、たばこの煙を輪形に吹く程度なら、昔も今も愛煙家が無聊(ぶりょう)を慰める手段としてよくやる仕種である。そんなところから「煙草を輪に吹く」ということわざが生まれ、退屈している様子を形容する意味になった。こういう時のたばこは、さしずめ“大人の玩具”として、無聊の気散じ(ぶりょうのきさんじ)に無二の友となってくれるのである。
ただし、人前などであまり煙を輪形に吹いていると、その態度が生意気に映るから要注意である。 |