事と喧嘩は江戸の華といって、江戸の町には火事が絶えなかった。火事の際に活躍するのが町火消しである。威勢よく火事場に駆けつけて、火の粉を払いながら消火活動に努めるいなせな火消しは、江戸っ子の憧れの的だった。その火消しの活躍ぶりを見ようと、野次馬が大勢、火事場に集まってくる。
「おうっ、どうでぇ。め組の火消しぶりゃぁ。いつもながら威勢がいいねぇ」
「うむ。だがな、火の勢いもてぇしたもんだぜ。はたして、め組の威勢が勝つか、火の勢いが勝つか。このおれと賭けてみる気はねぇかい」
「ふてぇ野郎だ。人さまが災難にあっていなさるというに、なんてぇ言いぐさだ。江戸っ子の名折れじゃねぇか」
「ちょっくら、からかってみたまでよ。だがな、ちょっとやそっとじゃ、おさまりそうもねぇぜ、この火の勢いは……。ここらで一服しねぇか。火ぃかしてくんねぇ」
「あいにくだ。火ぃなら、あしこに山ほどあらぁ。火事場へ行きな」
「べらぼうめ。あんなに燃え盛っている火じゃ、キセルのたばこどころか、この体ごと焼けてしまわぁ」
「おめぇのような穀潰(ごくつぶし)は、それが似合いよ」
野次馬の毒舌合戦も、なかなか威勢がいいようで……。
ところで、前回、たばこの火種に困って行灯(あんどん)から火を取る話をしたが、物はありすぎても役に立たないもの。そのたとえが、火事場の火ではたばこの火種にならないし、洪水では飲み水にならないということわざである。たばこは身近な存在だけに、何かと引き合いに出されたようだ。 |