落語とたばこ

噺家の喫煙具コレクション 落語とは切っても切れないたばこ入れとキセル。そうした喫煙具を自ら収集した噺家もいました。

八代目・桂文楽のたばこ入れとキセル

八代目・桂文楽

『蔵出し! コレクションあれこれ』(たばこと塩の博物館)より

  八代目・桂文楽(1892〜1971年)は、落語界で初の紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受賞するなど、数々の栄誉を受けた昭和を代表する噺家でした。第2章で紹介した『悋気(りんき)の火の玉』は彼の十八番でしたが、その華やかで艶のある芸風は没後も根強い人気を誇っています。
  少年時代にたばこ入れ屋で奉公していたこともある文楽は、たばこ入れやキセルの収集が楽しみの一つでした。噺家がたばこ入れを提げて楽屋入りしていた時代には、皆が品を見せ合って、気に入ったものを交換したりしたそうですが、彼の楽しみは、ただ収集するだけでなく、筒や袋にはじまり、留め金にさげ緒の玉、キセルの雁首、吸口と、それぞれ好みのものを職人に頼んで一つのものに仕立ててもらうことでした。

  こうしたコレクションは、特別に注文して作らせた箪笥(たんす)に収納していました。仕掛けを外さないと引き出しを開けることができない“からくり”仕様の箪笥で、その磨き出された化粧面をから拭きするのが見習い・前座の日課だったといわれます。
  文楽は、芸のことで悩んだりしたときに、夜中に起きてコレクションを静かに眺めることがありました。そんなときは不思議と心が落ち着いて、名刀でも鑑賞しているような気分になったそうです。
  その後、親しい知人に進呈するなどして、一時は散逸してしまったコレクションですが、現在ではその多くが「からくり箪笥」とともに、「たばこと塩の博物館」に所蔵されています。

自宅にて、たばこ入れについて語る文楽。後ろに「からくり箪笥」が見える。
『蔵出し! コレクションあれこれ』(たばこと塩の博物館)より

 

籐編菖蒲革(とうあみしょうぶがわ)縁取り腰差したばこ入れ

文楽が師匠である五代目・柳亭左楽(りゅうてい・さらく)に譲ってもらったというもの。オタマジャクシの形をした前金具の裏側は、金の延べ板で留められている。見えないところに金を使うところは、まさに“江戸の粋”。

金唐革(きんからかわ)腰差したばこ入れ

金唐革とは、ヨーロッパで壁紙などに使われていた革のことで、革に金属箔が貼られていたことから、この名がある。江戸時代にオランダから輸入され、珍しかった洋風の柄が人気を博した。このたばこ入れの筒と前金具には、ともに蛙があしらわれている。

菖蒲革(しょうぶがわ)腰差したばこ入れ

菖蒲革とは、藍色や茶色に染めた生地の上に、菖蒲や馬などのモチーフを、白い模様として染めた鹿のなめし革のこと。菖蒲と“尚武”“勝負”の音が通じることから、武士が好んで武具に用いた。筒と前金具には、ともに牡丹があしらわれている。

古渡縞木綿(こわたりしまもめん)腰差したばこ入れ

グロテスクな前金具は海鼠(なまこ)をかたどったもの。海鼠は、その形が米俵に似ていることから豊作を意味する吉祥(きっしょう)の意匠だったが、これは見た目の意外性を狙ったのかもしれない。

印伝革(いんでんがわ)腰差したばこ入れ

印伝革とは、原産国のインドが変じて“印伝”と呼ばれるようになった羊や鹿のなめし革のこと。筒と前金具にある鶉(うずら)は、その鳴き声が“御吉兆(ごきっちょう)”と聞こえることから縁起のいい鳥とされていた。

古渡白地鶏頭更紗(しろじけいとうさらさ)腰差したばこ入れ

更紗とは、インドや東南アジアから伝来した、型紙などを用いて染めた綿布のこと。この更紗にある柄は夏から秋にかけて咲く鶏頭(けいとう)の花。その季節に合わせるように流水模様の団扇(うちわ)の形をした前金具が付く。こうした取り合わせも文楽によるものかもしれない。

上下銀胴鍍金刀豆形有職文(じょうげぎんどうときんなたまめがたゆうそくもん)きせる

刀豆(なたまめ)形キセルとは、懐中に入れて持ち運びしやすいように扁平な形にしたキセル。刀豆に似ていることからこの名がある。

四分一四所銀石州形(しぶいちししょぎんせきしゅうがた)月に河童図きせる

雁首に月、吸口に河童の絵柄が施されている。

四所銀胴魚々子地銀(ししょぎんどうななこじぎん)・赤銅削継石州形牡丹文(しゃくどうそぎつぎせきしゅうがたぼたんもん)きせる

魚々子(ななこ)とは、金属の表面を彫った象嵌(ぞうがん)の一種で、細い鏨(たがね)を打ち込んで作る。粟粒を撒いたような仕上がりで、魚の卵を散らしたようにも見えることからこの名がある。

からくり箪笥

文楽が特別注文で作らせた箪笥。この中にコレクションのたばこ入れを収納した。一番上と下の引き出しを抜いて、内側の閂(かんぬき)を上げないと、残りの引き出しが引き出せない仕掛けになっている。黒漆の上に朱漆を重ねて磨きだした木目の化粧面が美しい。

 

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