其の十二 屁は笑い草、煙草は忘れ草

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たばこのことわざ集
屁 は笑いの種であり、たばこは心配事などを忘れさせてくれるという意味。「笑い草」の草とは、「語り草」「質草」などの草と同じで「…の材料」「…の種」の意味である。「煙草は忘れ草」という時の草は、この意味の上にたばこが植物としての草であることを掛けた言葉になっている。

このことわざからわかるように、江戸時代の多くの人々が、たばこには心配事や憂さを忘れさせてくれるという有り難い功徳があると感じていたようである。この効能の故に、武士も町人も百姓も職人もたばこを嗜み、憂き世を浮世と感じて暮らすことが出来たのだろう。

嫌なことは早く忘れたい。しかし、忘れようと思って焦っても忘れられるものではない。そんな時はいつまでもくよくよせず、たばこを一服吸いつけて心に潤いを与え、次のように唱えてみるとよい。「禍福(かふく)はあざなえる縄の如し。悪いことがあれば、次にはきっと良いことがあるさ…」。すると不思議や、心の霧が次第に晴れてくる。眉間の皺も伸びてくる。心と体がいつもの調子を取り戻し、仕事にも身が入る。仕事が順調に運べば、やがて福がやってくる……。たばこが忘れ草であることは、今も昔も変わっていない。

 たばこには「忘れ草」という異名の他にも、「延命草」「養気草」「返魂草」「相思草」「大平草」「南霊草」「思案草」「分別草」「長命草」などの草の付く呼び名があった。これらの異名から、江戸の庶民が感じ取っていた、たばこのさまざまな効能が浮かび上がってくる。すなわち、不快な事や緊張などによる心の疲れを癒してくれたり、熟慮や決断の際に精神集中を促してくれたり、回想や夢想に耽る時に気持ちに自由と伸びやかさを与えてくれたりするもの──それがたばこなのである。
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