猫田勝敏の残した偉大な足跡
39歳という短い生涯において、誰よりも強くひたむきにバレーボール人生を駆け抜けた猫田勝敏のバイオグラフィーをご紹介しています。
1944年 |
2月1日、広島県安佐郡安古市町(現広島市)に生まれる |
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1950年 |
古市小学校入学。バレーボールを始める |
1956年 |
安佐中学校入学。9人制のセンターでトスを上げる |
1959年 |
崇徳高校入学。稲葉正文(故人)監督の下で、本格的なセッターを目指す |
1962年 |
日本専売公社広島地方局(現日本たばこ産業株式会社中国支社)入社 |
1963年 |
初の全日本入り |
1964年 |
「東京オリンピック」に最年少(20歳)で出場。銅メダルを獲得 |
1965年 |
「第1回ワールドカップ」4位 |
1966年 |
「第6回世界選手権」5位 |
1968年 |
「メキシコオリンピック」出場。銀メダル獲得 |
1969年 |
「第2回ワールドカップ」2位。「ベストセッター賞」受賞 |
1970年 |
「第7回世界選手権」3位。「ベスト6賞」受賞 |
1971年 |
9月28日、宮崎県延岡市で行われた招待試合で右腕を骨折 |
1972年 |
6月25日、「第10回NHK杯」で9カ月ぶりにカムバック |
1974年 |
「第8回世界選手権」3位 |
1976年 |
「モントリオールオリンピック」出場。4位。開会式では、日本選手団の旗手を務める |
1977年 |
「第3回ワールドカップ」2位。「トス賞」受賞 |
1978年 |
「第9回世界選手権」11位 |
1980年 |
「モスクワオリンピック」最終予選を最後に、17年間の全日本生活を終える |
1983年 |
9月4日、胃の悪性腫瘍のため、39歳の若さで逝去 |
1993年 |
6月23日、中華人民共和国より「オリンピック百年百傑」受賞 |
2001年 |
「国際バレーボール連盟」より、「世界バレーボール20世紀の最優秀賞特別賞」受賞 |