羽生善治九段インタビュー
2023/06/26 公開
羽生善治九段。ご存じ、将棋界のレジェンド棋士である。1500を超える通算勝ち数、99期を数えるタイトル獲得回数は他の追随を許さない。JTプロ公式戦も34年連続出場で、5回の優勝と5回の準優勝という抜群の実績を誇る。52歳になった現在もトップ棋士として走り続ける羽生九段に将棋との出会い、そしてJTプロ公式戦に対する思いを聞いた。
鈴木宏彦=文
text by Hirohiko Suzuki
- 本記事は2023年5月時点のインタビューに基づいたものです。
- 文中に登場する棋士のタイトル・段位は対局当時のものとなります。
小学1年生のころは毎日学校が終わると近所の友達の家に遊びに行っていたんですよ。いろんな遊びをしました。野球やサッカーをしたり、ダイヤモンドゲームをしたり。その遊びの一つとして将棋もありました。最初は回り将棋やはさみ将棋などをして、そのうちにルールを教わって本当の将棋を指すようになったのですが、続けていくうちに、面白いと思うようになりました。
しばらくはその友達と将棋を指していたのですが、たまたま2年生の夏休みに地元の将棋クラブでこどもの将棋大会が行われることを知りました。それで道場に行って、そこから本格的に将棋を始めることになりました。知らない人と将棋を指す緊張感をはじめて味わったのを今でもよく覚えています。最初、道場ではアマチュア15級と認定されたんですよ。ルールを覚えたばかりで本当の初心者ですよね。それでも、いろんな駒がたくさんあって面白いなという気持ちで指し続けていました。それから毎週末は将棋クラブに通うようになりました。
そして、小学4年生くらいからは夏休みと冬休みに関東近郊の将棋大会に参加するようになりました。当時はあちこちのデパートでよくこども将棋大会が開催されていたんです。今日は新宿の大会、今日は横浜の大会という感じで、かなりたくさん行きました。毎週、遠足に行くような気分で楽しみにしていましたね(笑)。
―こども大会に参加しているうちに、やがて奨励会に入ってプロを目指そうという意識が芽生えた羽生少年は、15歳で史上3人目の中学生プロ棋士となる。―
どんなことでも、続けていくのは大変なこと。将棋の世界では、新しい若い人もどんどん台頭してきますし、戦術も日々変わっています。そうした中で試行錯誤をして、自分なりのスタイルを築き上げる努力を続けていくのが大切なのではないかなと思っています。
将棋というのは一つの問題が解決しても、常に新しい課題が見つかるものなので、探究心や好奇心が変わることはありません。もちろん、長い間に波はありました。良い時があれば悪い時もあるのは勝負の世界では常です。あまり喜び過ぎず、落ち込み過ぎずという姿勢でいることが大切だと思っています。天気と一緒で晴れの日もあれば、曇りの日もある。結果や調子の浮き沈みは当然あることですし、どんなに頑張っても、なんともしがたいときもあります。それをあまり気にしないことで壁を乗り越えてきましたね。
今の自分が大切に思っているのは“気持ち”でしょうか。将棋の棋力も大事ですが、気力も大事ですね。大先輩の加藤一二三先生は60年以上現役生活を続けられましたが、その原動力として、気力の面でまったく衰えがなかったのが大きいんじゃないかと思っています。
もう一つ、大切に思っていることがあります。以前、対談させていただいた、ロボット工学の専門家で金出武雄先生という方がいらっしゃるんですが、その先生が、「研究に行き詰った時はシンプルに考える」とおっしゃったのを私も心にとめています。ものごとを複雑に難しく考え過ぎてしまうと混乱してしまう。そうした時は一度原点に立ち戻ってシンプルに考えようという言葉ですね。
今、この年になって考えるのは、具体的な何かをしようというよりは、同じことの繰り返しにならないよう、日々過ごしていきたいということです。習慣も大事ですが、話すことや、やることがいつも同じになってしまってはいけない。それをいかに打破するか、それを意識することが大切だと思っています。新たな経験、常に過去の自分が知らなかったことを経験する姿勢も大事にしています。
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